 『男の作法』池波正太郎と万年筆

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 ここに『男の作法』という池波正太郎のエッセイ集がある。池波正太郎と言えば『鬼平犯科帳』『剣客商売』『仕掛人・藤枝梅安』などの時代小説が有名でどの作品もテレビドラマ化されているので知らない人はいない。それらの作品とは別に池波正太郎は数々のエッセイ集も書いていて、この『男の作法』『食卓の情景』『散歩のとき何かたべたくなって』などがある。  池波正太郎の時代小説はその時代の人々の生活状態や江戸の町の暮らしぶりがよく研究されているのと作家本人が江戸っ子なので書かれる文章も江戸っ子らしい切れの良いところが好きだった。
 この『男の作法』を読んだのは就職して少し慣れた頃だったと思うのだけれど、それまでは仕事に夢中で社会人としての細かい作法など考えたこともなかった。はっきり言って学生のままの生活態度だったと思う。というか大人とはどんなものかも知らなかった。知らない分、あらゆる事が恐かった。特に学生時代には上等な食べ物を外の店で食べたこともなかったので鮨屋や天麩羅屋、バーなんかに連れて行かれるとどうしたらいいのか困ったものだ。だから鮨屋に行けばシャリとかガリ、ムラサキなどと言って通ぶったりして見栄をはっていた。
 この本で最初に出て来るエッセイは「鮨屋へ行ったときはシャリだなんて言わないで普通にゴハンと言えばいいんですよ」から始まる。ああいった言葉は寿司屋仲間の隠語だから、お客が通ぶって使うと軽蔑される、と書いてある。鮨屋に限らず、万事にそういう知ったかぶりが多い、とも。はじめのこのエッセイを読んで興味が湧いて、いっきに読んだ。勘定の仕方、ネクタイを選ぶなら映画を観る、てんぷら屋に行くときは腹をすかして行って、とか食べ物だけでなく生活の中のありとあらゆる男の作法について書いてある。
 小説家としても尊敬している池波正太郎が諭す作法なのだから、この『男の作法』を読んでからはバイブルのようにして、事あるごとには参考にしている。最近、万年筆を使うようになって『男の作法』の中に万年筆というタイトルをみつけた。

万年筆とかボールペンとかサインペン、そういうものは若い人でも高級なものを持ったほうが、そりゃあ立派に見えるね。万年筆だけは、いくら高級なものを持っていてもいい。
つまり、いかに服装は質素にしていても万年筆だけは、たとえばモンブランのいいものを持っているということはね。アクセサリー的な万年筆がふえたけど、そういうのはだめ。そうじゃなくて、本当の万年筆として立派な機能を持った万年筆はやっぱり高いわけだから、そういうものを持っているということは若い人でもかえって立派に見える。
男の作法 池波正太郎

 万年筆は男の武器で、物を書くのを仕事としている人だけでなく、刀のようなものだからビジネスマンなら特にそれに金をはり込むということは一番立派な事だとも書いてある。
 万年筆はすでに数本を手に入れている。インクを入れた万年筆は毎日、メンテナンスする事が必要な事も承知している。メンテナンスといっても書くだけのことだ。それでも数が増えると大変なこともわかっている。しかし持っていない万年筆、使ったことのない万年筆には興味がある。それも現在使っている万年筆よりも少しは性能が高いとされる製品を使ってみたい。当たり前の話だ。が物書きでもないのに万年筆で文章を書いたって一切儲けにはならない。しかし書いてみたい。。。男の武器だから。。。
See you tomorrow!

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