 年齢と意欲と しあわせ

飽きる反対は、意欲だと思うが老齢になって、まだ意欲があるなんて見苦しい。

年をとって「まだ意欲があるなんて見苦しい」 横尾忠則の考え方(2/2)〈週刊朝日〉 | AERA dot. (アエラドット)

年をとって「まだ意欲があるなんて見苦しい」。。。85歳になる横尾忠則が「シン・老人のナイショ話」に書いたエッセイである。

「老人になればみんな何かに飽きて成長が止まる」というドイツの哲学者ニーチェの説について異論が書いてある。ニーチェは物事に飽きる人は日々成長していないから飽きるのだという。しかし横尾は人が皆 成長することを目的として生きているとは思えないし生きるために目的など必要ないともいう。そして「成長を視野に入れて生きる人もいなくはないかも知れないが、むしろ飽きる方が自然体であると思う。飽きてのちの変化の止まった人生の味わい方の方が楽しいのではないだろうか。飽きないで老後をつっ走る人生を送る人もたまにいるかも知れないが、むしろニーチェの反対の生き方の中にこそニーチェのいう生の肯定があるように思う。」と人生を楽観的に考え 老齢になったのなら無理をせずに飽きて成長が止まることを素直に受け止めてむしろそういう自分を楽しもうという。
読んでいて横尾はニーチェの説に反対してこの文章を書いているのかと思ったが結局は同じ説を真逆から見た事を書いているだけで内容は変わりがないと思える。

辞書をひくと意欲とは「物事を積極的にしようとする意志・気持ち。」とある。若いうちには意欲は大切で意欲がなければエネルギーも湧かないし成長も進歩もないだろう。しかしある程度年を重ねてくると新たに挑戦することに区切りをつけて完成しようとしている人生を見直して整理整頓しながらゆっくり楽しむのもいいのではないかと思った。 ニーチェは55歳で生涯を閉じている。
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フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(独: Friedrich Wilhelm Nietzsche, 1844年10月15日 - 1900年8月25日)

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